(西日本新聞でエッセイと書くことになった。50回連載。考えてみたら、これをここに全部載せると一年かかるので飛ばし飛ばしやります。)
お風呂に入れてあげたい。活動開始以来、そんなことを考えていた。講演会の度に「番台に座りたい」などと訴えていたら市内のお風呂屋さんから連絡が入った。「よければ使ってください」。プロジェクトは「わくわく温泉大作戦」と名付けられた。僕は「クレヨンしんちゃん」が好きで映画「爆発!温泉わくわく大決戦」から拝借した。
子どもの頃、風呂から上がると母親が「僕用」に着替えを用意してくれた。そういうのがしたい。ちゃんと「自分用」とわかるように事前の炊き出しの際、名前やサイズなど聞き取った。シラミ対策や散髪(と言っても丸坊主のみだったが)コーナー設置など会議を重ねて「大作戦」は遂行された。何より風呂屋さんに迷惑をかけないように掃除の仕方は特に念入りに議論した。
1997年7月。「大作戦」は実施された。100名ほどが集まった。取材陣も詰めかけた。ある記者がオーナーに質問した。「こんな人たち(ホームレス)が使ったらお客さん来なくなるのではないですか」。80代の女性オーナーは静かに、しかし凛として答えられた。「そうですね。でも、そういうお客さまには来てもらわなくて結構です」。しびれた。涙が出た。絶対に後悔させないと誓った。
僕も一緒にお風呂に入る。皆が笑顔になっていくのを肌で感じた。記者にも「一緒に入って取材をしてください」とお勧めした。坊主にされたおじさんたちが次々に湯船につかる。皆、ホームレス生活で痩せている。まるで修行僧の入浴シーン。南無阿弥陀仏。
風呂から上がると自分の名前の書かれた袋を受け取る。新しいパンツ、シャツ、靴下、上着、ひとりひとりに合わせて準備された品物が入っている。皆、うれしそう。
この「大作戦」は五年以上続き、今も形を変えて実行されている。お風呂屋さんは、オーナーの引退と共に閉店。お客さんの減少もなく最後まで提供くださった。僕はあの老婦人の凛としたことばを今も思い出す。そして勇気をもらっている。
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