■トイレットペーパーが無くなる―新型コロナよりも深刻な事態?
新型コロナウイルスが世界中に広がりつつある。WHO(世界保健機関)は、この間このウイルスによる肺炎(COVID-19)の危険性評価を「高い」から、最高の「非常に高い」に修正した。一方で「パンデミック(世界的大流行)ではない。感染拡大を抑えることは可能」との見解を示した(2020年2月29日発表)。
しかし、連日感染数は増えている。私の暮らしている北九州市も3月2日に初めての感染が認められた。ただし、全体の8割は軽症であり、通常の治療で治るとも言われている。一日も早い治療法の確立が待たれる。 この騒動に追い打ちをかける事態が進行している。「買いだめ」である。「マスクとトイレットペーパーは同じ原料で作られているので、今後トイレットペーパーも品切れになる」というデマが流されたことが原因だ。結果、トイレットペーパーもティッシュペーパーも姿を消した。トイレットペーパーのメーカー39社でつくる日本家庭紙工業会は、「トイレットペーパーの98%は国内生産であり、中国とは関係がない。在庫は十分あるので買いだめを行わないように」と呼びかけているが、いったん始まったパニックはなかなか収まらない。
■無くなったのはトイレットペーパーではありません―灰谷健次郎の問い
未知の病の蔓延は、私達に恐怖を植え付けた。テロリストが恐怖で人を支配し、分断するように私達は分断された。恐怖は、憎悪を生み、殺し合いへと発展する。さすがに現状、そんなことは起こっていないが、今回のトイレットペーパーの一件は、ある意味「それはすでに始まっている」と私には思えた。
皆が不安の中で「自分だけ」の状態に陥っている。自分だけ良ければ良い。自分の安心のために、他人の分まで買い占める。私達の中から「他者」がいなくなったのだ。私達は、自分の中にいた他者を抹殺し、トイレットペーパーを握りしめた。「それはすでに始まっている」というのはこのことを指す。新型肺炎の流行のみならず、不安の中で多くの人が「自分だけという病」に罹患しつつある。必要以上の買い占めは、その症状であると言える。私たちはこういわねばならない。「無くなったのはトイレットペーパーでありません。私達は自分の中にいたはずの他者を無くしたのです」と。
作家の灰谷健次郎は、小説「太陽の子」の中でこのように登場人物に語らせる。
「いい人ほど勝手な人間になれないから、つらくて苦しいのや。人間が動物と違うところは、他人の痛みを自分の痛みのように感じてしまうところなんや。ひょっとすれば、いい人というのは、自分の他にどれだけ自分以外の人間が住んでいるかということで決まるのやないやろか」。灰谷は「いい人」と言うが、別に「いい人」でなくても良い。ただ灰谷が問うたのは、「人間とは」だったのだと思う。
つづく
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