その日から松ちゃんとの生活が始まった。松ちゃんは、出所前に僕が書いた手紙を大事そうに持てくれていた。何を書いたかは正確には覚えていないが伝えたかったことはこれだった。「神様は無駄なことはなされません。今回のことにも何か隠された意味があるのだと私は信じています。私は松ちゃんと一緒に生きていこうと思います。どうぞ、お覚悟をお決めください」。松ちゃんは手紙を周囲に見せながら「こんな手紙なかなかもらえないねえ」と笑っていたそうだ。覚悟の第二ラウンドが始まった。
二日目。松ちゃんとは朝、昼、晩と一緒に家族で食事をする事にしていた。朝、食事を済ませた松ちゃんは自分の部屋に戻っていった。松ちゃんは、食事以外の時間を独りで過ごしていた。部屋にはテレビがあったがつけている様子はなく静まり返っていた。心配になり見に行く。「松ちゃん、おるね~」。返事がない。「松ちゃん。おるかあ~」。部屋の奥から「おーい」と返事が聞こえた。松ちゃんは扉を開け笑顔を見せた。「ああ、おる。おる。いやあ、静かやから死んでんじゃないかと」と僕が声をかけると松ちゃんは笑っていた。でも、心配なので夕方、一緒に相撲をテレビで観戦しようと誘った。教会のホールの小さなテレビには「結びの一番」が写し出されていた。懸賞旗をもった人が土俵を回る。朝青龍の一番だったように覚えている。「松ちゃん、懸賞金っていくらなん」と尋ねると松ちゃんは「一本7万円」とすかさず応えた。「あんた、なんでも知ってるなあ。自分のことだけわからへん」と私がいうと松ちゃんは照れていた。でも、確かに松ちゃんはなんでも知っていた。ともかく新聞を毎日隈なく読んでいた。政治こと、経済こと、国際情勢、そして芸能界。松ちゃんに聴けばだいたい教えてくれた。松ちゃんは、僕が質問することを喜んでくれた。そして、時には「お前、そんなことも知らんのか」と少々上から目線で、ある時は「よくぞ聞いてくれました」と満面の笑みで応えてくれた。しかし、この二日目の静けさは、松ちゃんがこれからのことを「ひとりになって考えていた」のだと感じた。だから、なるべくそっとしておいた。
三日目。昼ごはんは、僕の特製の「インド風うまかっちゃん」。なんのことはない、市販のうまかっちゃんにカレーパウダーを入れるだけだが、別で野菜をいためてこれにも少々カレー味をつけておくとなんとなく「上等な」感じがする。それを二人ですすりながら午後はどうするかを話し合う。と、いうのは様々な手続きのために「在監証明」、つまり、刑務所に入っていたという証明書が必要だったので、それをどうするかということだった。
つづく
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