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6/20巻頭言「あれから三年―松ちゃん、会いたいよ その➉」

陽はとっくに傾いた。バスに乗って1時間。いや、乗り継ぎで多少かかったとしても2時間あれば十分だ。信じたい気持ちと「やっぱり」という気持ちが順番に顔を出す。「迎えに行くべきだった」「いや、そうではない。信じるんだ」「でも、早すぎた」「いや・・・」。悶々としながら時間は過ぎて行った。
直接、支援住宅に帰ったのかも知れないと思い訪ねた。いない。その後も何度か見に行ったが、やはりいない。気づけば夜中になっていた。ドアの隙間にメモを挟む。読んでくれたらいいのだが。いずれにしてもドアを開ければ紙が落ちる。帰った証拠。「松ちゃんへ。帰ったら電話ください。奥田」。
翌朝、メモはそのままだった。2日目も音沙汰なし。例の小倉の店だろうか、いや、そんなはずはない。そんなにお金を持っているはずはない。ともかく夜の小倉の街へ向かう。かつて松ちゃんがいた辺りを探すが見つからない。野宿仲間にも聞くが「ええ松井さん、奥田さんとこの支援住宅に入ったんと違うの」とのこと。中には「松井やったな」と妙にうれしそうに言う親父がいたりする。腹が立つ。いない。3日目。いよいよ心配になり捜索願を出す。病気や事故で病院に運ばれたかも知れない。市内の救急搬送先とは関係が出来ているので片っ端から電話をかける。救急搬送された形跡もなし。4日目。一日が長く感じる。あれこれ忙しいが仕事が手につかず。「迎えに行かないから自分で帰ってこい」の言葉が悔まれる。最悪のことが頭をよぎる。「もしものことがあったらどうしよう」。「いや、松ちゃんに限って、そんなことはない」。
5日目。「そうだ、逮捕されているかもしれない。きっと、そうだ。そうに違いない」。松ちゃんは、自立支援住宅に入った頃、何度も地元の警察の世話になった。「無事に逮捕されていますように」と願いつつ電話してみる。松ちゃんがお世話になった刑事さんに尋ねる。「うちの松ちゃん、そちらでお世話になっていませんか。実は、5日ほど前、病院から帰ると言ってそのまま行方不明で、そちらにいるかと思って」「ああ、あの松井さんね」「やっぱり、そちらですか」「いや、最近こっちには来ないなあ」。『逮捕されていてくれ』と願いつつ電話し「逮捕されていない」と聞き、がっかりする。もう、何がなんだか、わからない状態になっている。
すると刑事さんが「奥田さん、ちょっと待ってね。かけ直しますから」と電話を切った。しばらくすると「あのね、警察の情報というのは、個人情報で何も教えてあげられないんです。うちの管轄で起こったこともだし、小倉北署のことも一切何も言えません。すみません」。「いえ、いえ、当然です。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」と電話を切った。
「ああ、ダメか」。ムムム、いや、待て、何かおかしいぞ。『何も言えない。うちの管轄のことも小倉北署のことも』。「小倉北署や、松ちゃんは、小倉北署にいる」。慌てて車に飛び乗る。小倉北署、留置管理課。支援の関係でしばしば訪れる場所。面会申し込み書を書いて待つ。番号が呼ばれ「一番の面会室へ」と指示される。アクリル板の向こうでドアが開いた。「松ちゃん!」「ああ、奥田さんや」と松ちゃんは笑っていた。「よかった」と思わず口に出た。面会には警察官が立ち合い会話を記録する。警察官は「よかった」という一言を、首を傾げながら書き込んでいた。確かに。「これってよかったのかーい」と自分の中で突っ込む自分がいた。いや「よかった」のだ。ともかく、松ちゃんが生きていたのだから。

つづく

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