「ところで松ちゃん。どこにいたの」。「えええ、ああ、ほごひぃ~、ムニャムニャ」。「寝たらあかんで。ところで保護費はどうしたの」。「ああああれね、あれは・・・、小倉駅の近所の◎◎と言う飲み屋に預けてるから、大丈夫」。何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。「じゃあ、今から行ってみよう」と小倉駅にそのまま向かう。
松ちゃんが示すその場所に確かにその店はあったが、店休日だった。すぐにでも確かめたいところだが、ともかく酔いもひどく、一旦引き上げることにする。ひとまず自立支援住宅の自室に送り寝てもらう。「明日、朝9時に教会に来てね。約束だよ。みんなにも集まってもらうから」と言うと、松ちゃんは「りょうかい!」と少しふざけて返事をした。
翌朝、スタッフや担当ボランティア、副理事長の谷本牧師が結集。松ちゃんを待つ。迎えに行くことも考えたが、ここは信じて待つことにする。
予測した通り9時になっても現れない。「あれだけ飲んでいたから起きられなかったかな」と一同が諦めかけた時、松ちゃんが現れた。少々、酒が残っている様子ではあるが「おお、勢ぞろいやな」と松ちゃんはうれしそうだった。「笑ろうてる場合か!」と一喝するが、どうもこの人には緊張感は似合わない。みんなが一斉に笑いだす。
「さて、もう一回聴くけど、保護費はどうしたの」。「だから、小倉駅の横の◎◎と言う店に全部預けたって」と松ちゃんは、昨夜と同じことを言う。「いや、いや、そんなことは無いやろう。なあ、松ちゃん。本当のこと言いなさい」と周囲が攻め込むが、松ちゃんは「絶対」という言葉さえ持ち出し「保護費は絶対にあの店に預けた」と譲らない。見かねた谷本牧師が「松ちゃん、本当の事いいや。奥田はその店今晩行きよるよ。この人も忙しいんやから、無駄足になる前に本当のことを言った方がええ」と説得するも効果なし。松ちゃんは「絶対に預けた」とくりかえした。
これでは埒が明かない。一旦引き受けることにする。「わかった。ところで、ということは松ちゃん、今、一円も無いんやろう」「はい」と笑顔で答える。「千円を貸しとくから今日一日これで何とかしなさい。それと今後のことがちゃんと決まるまで部屋から出あたらあかんで。」と伝え、その会議は解散となった。
その夜。谷本牧師と二人で小倉駅に向かう。例の店を訪ねるためである。開いている。「すみませーん」。店の中からご主人らしき人が現れる。「あの、私はこういう者でして」と名刺をわたしながら「実は、松井さんというおじさんがいまして、この店に生活保護費を全額預けたと言っているんですが、ご存じないですよね」。ご主人は、不思議なものを見るようにこちらを見ていた。「うちの店はそういうシステムにはなってません。そんなこと知りません」。そうだろうなと思った。
つづく
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