社会

12/15巻頭言 「被告と面会した牧師の奥田さん いま伝えるべき言葉とは」

(毎日新聞WEB版に『相模原事件を考える~公判前に』というインタビュー記事が載りました。以下は、その抜粋。今後、毎日新聞全国紙にも要約版が掲載されるとのことです。)
■「確信をもって起こした事件」―昨年夏に被告と接見した時はどんな印象を持ちましたか。
●奥田さん:礼儀正しくて、ニュースで見た護送当時の印象とまったく違いました。だからこそ、この人はやっぱり確信犯なんだなと感じました。追い詰められた若者が爆発するように何かをぶつけたんじゃなくて、自分が正しいことをしていると確信して事件を起こしたんでしょう。
■「分断線の上を歩いてきた若者」―植松被告を生んだのはどんな社会でしょうか。
●奥田さん:LGBTは子供をなさないから生産性がないと、自民党の杉田水脈議員が雑誌に書きました。問題が指摘されて雑誌は事実上の廃刊になりましたが、杉田氏は議員を続けています。それは発言を支持して、生産性の低いやつは存在しちゃいかんっていう社会の空気のようなものがあるからです。僕は植松君が「生きる意味がない命」って言ったのは、時代のことばなんじゃないかと思いました。彼だけが言っていることじゃなくて、時代に貫かれた価値観のようなものがある。
面会時に、ようするに役に立たない人間は死ねと言いたいのか、という質問を投げかけると「生かしておく余裕はこの国にない」と答えました。最後の質問で、君はあの事件の直前、役に立つ人間だったのか、と問いかけると、彼はちょっと考えて「あまり役に立たない人間だった」と返してきたんですよ。事件では、彼が生きていい命とだめな命の分断線を引いたように言われるけど、彼は一歩間違えば意味のない命になる分断線の上を綱渡りのように歩いてきた若者なんじゃないでしょうか。生産性があるかないか、自分がどう見られているか、それにおびえてきたんじゃないか。
■「迷惑をかけてはいけない社会」―わたしも植松被告と11月に接見しました。仕事をしていない時期の自分をどう思っていたか尋ねると、「役に立つ人間になりたいと思っていた」と答えたのが印象に残っています。
●奥田さん:いろんなものが崩壊した平成の30年間に固まったものがあります。自己責任社会です。「迷惑は悪だ」という道徳を生み出しました。今年6月に農林水産省の元事務次官が息子を殺す事件が起きました。隣の学校で運動会をやっていて、息子がうるさいと騒ぎ出した。お父さんは、その4日前に起きた川崎の通り魔事件をみて、息子が包丁を持って学校に行ってしまったらと怖くなった。新聞に載った事件の動機は「他人に迷惑をかけてはいけないと思い、息子を刺した」とあります。人に迷惑をかけるぐらいなら親が責任を取って息子を殺す時代なんです。自己責任論が徹底され、人に迷惑をかけてはいけない、自分で自分のことができないやつは死ね、というようなことになった。これは植松君の言っていることと同じですよ。相模原事件はそういう観点でとらえなおさないと、一人の異常な若者が人を殺しただけでは収まらないです。

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