(毎日フォーラムの取材を受けました。連載します。)
路上生活者や生活困窮者らの支援に携わる北九州市のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」が、「家族機能の社会化」を目指そうと、地元で「希望のまちプロジェクト」を推進している。
「新型コロナウイルス禍で貧困、格差の現状が可視化されてきた。困窮と格差が深刻化する日本の社会に必要なのは、苦しいときに『助けて』と言えるコミュニティーだ」と理事長の奥田知志さんと力を込める。
――希望のまちプロジェクトの目的は。
◆長年、路上生活者の支援に携わり、分かったことは、「しんどいときに、しんどいとは、なかなか言えない」ということでした。私たちは「人に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ち、大人になったら子どもたちに、そう諭してきた。だから大半の人が、常に背伸びをしながら、ひきつった顔で「大丈夫」と言い続けてきたのです。
路上生活者のことを「ホームレス」と呼ぶことがありますが、経済的な困窮で家を失うことは「ハウスレス」。抱樸では、ホームレスは社会的な孤立と、とらえています。
なぜ孤立してしまうのか。
かつては、日本的な社会保障の土台として、家族あるいは企業が大きな役割を担っていました。漫画の「サザエさん」。いまもテレビで放映されていますね。私たちは「サザエさん」を違和感なく見ている。「我が家は違うけれども、周囲には、サザエさんのような3世代同居の家族がいるだろう」と思ってね。
ところが、現実は異なります。2020年の国勢調査では、最も多いのは単身世帯(38%)で、夫婦と子どもの2世帯は25%にとどまっている。
日本は孤立率も高い。ある国際調査では、家族以外と付き合いがない人の割合は日本が15%に対して米国は3%。
米国は個人主義は強い国ですが、いざとなったら、「友人や仲間に頼る」という人が日本人の何倍もいる。日本人は基本的には、身内や家族がベースになる。
――こうしたことは、子どもたちが、親やきょうだいなど家族の看病や介護をする「ヤングケアラー」の問題と結びつく。
◆これまで「家族の役割」とみなされてきたものが、個々の家庭で行うことが難しくなったのであれば、家族以外の人が、その役割を果たせばいい。
抱樸では、「家族のような機能」を組織で担うことを実践してきました。
それを「まち」に広げたのが今回のプロジェクト。
人はたった一人だけでは生きていけない。人である限り、助け合うのは当然のことです。
言い換えれば、「助けて」と言えることが、人であることの証拠。「助けて」が飛び交うまち、「なんとかなる」を信じられるまちをつくろうと、2020年末にこのプロジェクトが始動しました。
続く
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