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【2.色弱デザイナーが出来るまで】商学部卒業生から、食品会社就職。そして逃亡

大学を出た。
熊本の商科大学。

就職は、入れる所に決めた。

売り手市場で、バブルが真っ盛りの時代だった。
会社訪問で、ステーキを無料で食べさせてもらい、交通費無料で京都へ行き、というような就職活動をした。
もてなされていても、何も響かない企業の話。

会社訪問しただけで内定通知がやってきた。
そんな会社を軽蔑しつつも、社会人になる事に強い恐れを抱いていた。

汗だくになって、ハンカチを持たずに出かけてしまい、道に迷い、苛々した役員達の圧力に恐れをなしたことも。
恥ずかしながら、腹の調子が悪くなって、面接前に漏らしたこともある。
印象づけたいばかりに、森進一のモノマネをして、失笑どころか、冷ややかな眼で見られた事も。
就活に関して、さらけ出した無様な自分は、今考えても、どこか異次元へ葬り去りたい過去だ。

始めに入社したのは、食品会社。
鹿児島の、百貨店の地下で、惣菜を売る。
朝、5時30分起床。
夜、11時に終了。
それから、日報、発注を考え、深夜2時に眠る。

1年目までは、先輩と一緒の部屋。
人間関係が苦手な自分には、耐えられない状態だった。

ある日、店頭で、賞味期限を貼り忘れたまま、店頭に並べてしまった惣菜。
どれが、新しいものか、古いものかわからなくなり、こっぴどく怒られ、尻を蹴られながら、今日、全部売れんかったら、全部破棄しろ!と怒鳴られた。

もちろん、売れはしない。
大量の廃棄が出た。

入社式の前日だった。

明日、入社式なんですが…。と恐る恐る言う。
憮然とした顔で、先に帰れ!と突き放すように言われ、絶望的な気持で、帰途につく。
帰宅途中に、実家に電話をする。

仕事、きつい。
端的に話すと、母親は、きつかったら帰って来てもよかよ。と言う。

心が折れた。
泣けた。
しかし、泣いている自分も気持悪くて嫌悪感ばかりだった。
我慢出来る涙を出している自分が気持悪かった。

無言で電話を切る。
寮に戻り、実家から送ってもらっていた布団を抱え、着替えを鞄に詰め、ひどくちぐはぐな格好で駅迄コソコソと移動する。
先輩に見つからないように。

電車に乗った。
布団を抱えて。

どんな顔で、母親が私を迎えたのか記憶は無い。
帰り着いて、死んだように眠った。
カンタンに就活を決めた罰が当たったとは、その時は、全く思っていなかった。
帰り着いた家は、廊下も、天井も、どこか小さく頼りなく見えた。